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02.03.2009
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福寿神 由緒(おたぬきさん)1
Theme:神社仏閣 / Genre:学問・文化・芸術

※お狸さんのお守りを包んでいた由緒をそのまま書き写しました。


 江戸開府以来、年と共に諸制度も完備して、完く平素の世を迎えた五代将軍綱吉公の御代、将軍御生母桂昌院により、江戸城内に創建されたのが、福寿神の起りであります。


六代将軍家宣公が厚く崇敬されたので、江戸城内の達人、殊に御女中衆から深く信仰されました。


後世、元倉前甚内橋際向柳原の御旗本瓦林邸内に祠を移し、祭祀されるようになり、諸願成就の福寿神として江戸町内広く、諸氏の厚い崇敬を集めました。


徳川幕府瓦解し明治維新の際現在地、柳森神社内に合祀されたのであります。


 当社にて頒與する土製の小さな狸像(大小一組にて 親子狸と愛稱せらる。たぬき、とは他を抜くの意)は、階級の差別の甚しかった当時に於いて、


身分の低い町家の出生でありながら、能く将軍家の寵愛を受け、将軍御生母として、俗に云う玉の輿の人と成られた桂昌院の福徳に、あやかりたいとの偏への願いから、城中の御女中衆が桂昌院愛玩の福寿神の姿を像り、御守として懐中に秘めるようになった事に始まり、


次第に旗本御女中衆から町家の婦女、花柳界の婦人へと、その信仰、大いに高まり、無盡、頼母子講、相場、富籤等を行う人達亦学芸栄達を願う人々にも信心されて、是等崇敬者の需めに応じて頒與されるようになったものであります。


願望有る時は、大小の像を並べて供物(甘い物を好む由)を捧げ祈願した後、大きい方は家に祀り、小さな像を懐中にして行くと、福徳を授かると言い伝へられます。

 願望の達せられた時は、甘味菓子類等を供えて更に最初に受けた一対を還納して、幸運を分つ御福分け誉族繁栄の趣にて新たに何組かを友人知人に贈る風習も残っています。


(感想) それで、お狸さんのお守りは2個入っていたのかと納得しました。

      甘いものが好きだったとは知りませんでした。

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