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03.03.2009
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福寿神 由緒(おたぬきさん)2
Theme:歴史 / Genre:学問・文化・芸術

※お狸さんのお守りを包んでいた由緒をそのまま書き写しました。
 (昨日の続きです)


桂昌院福寿神創立時代の徳川公方と大奥周辺


 明君と云はれた三代将軍家光公の子四代将軍家綱公の御生母阿楽は、鎌倉の呉服問屋の娘だったと云う。


 同じく家光公の子五代将軍綱吉公 御生母桂昌院な、二条関白家の家司北大路氏の養女於玉であるが、京都堀川八百屋の娘であって、家光公の中臈阿万の万様の部屋子として仕へて居たが、家光の目にとまり徳松公(後の五代将軍となる)を生む。


秋野様と名のり賄料十五萬石、従一位という最高位を贈られたと云う女性最高の福徳も得た女であった。


 その権勢を以って護寺院隆光と云う僧の言を入れ。

大老柳沢吉保と共に犬を人間以上に尊ぶ生類憐れみの法令を施行したので世人犬公方と称した。

ちなみに綱吉公は戌年生まれであったと云う。


 亦六代将軍家宣公の寵愛の右近局様は、月光院と申し勝田玄哲という按摩さんの娘であった。

これが、後の七代将軍家継公の御生母である。


 時あたかも世は泰平元禄文化の最盛期であり、将軍代継という大儀に賭けた大奥の女性像の洵に華麗なる世でありました。


<<結果感想>>

「中臈」(読み: ちゅうろう)が読めなくて調べるのに苦労しました。

意味: 大奥での階級。将軍・御台所の身辺世話役。家柄や器量の良い女性が選ばれこの中から側室が選ばれていた。

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